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Ruby生誕25周年に寄せて

【2/24のプログラミング言語Ruby 25周年記念イベントに寄せたメッセージです。】

私のRubyとの付き合いは20世紀に遡ります。既存のプログラミング言語に満足を感じることができない中、ものすごく遅いけれども️️書きたいように書かせてくれるRubyと出会って、それまではプログラミングにおいて「動かすこと」を最大の楽しみとしていた自分に、「書くこと」自体の楽しみをもたらしてくれました。

しかし、「重労働」を求めるのはプログラマーの性。そこから私は自然な流れで、「Rubyで書くこと」をさらに良い体験にするためにRuby自体を改良する、という苦行を始めることになります。開発に関わるようになってからは、まつもとさんを始めとする才気あふれる面々に大いに刺激を受け、寝食を忘れて没頭していた時期も長くありました。

Rubyの文化については、さまざまな標語で形容されてきましたが、私が気に入っているのは「ブレーキは最後までとっておいて、できそうだからやってみる」メンタリティーです。開発者達は連日、息をするように大喜利やアクロバットのようなコーディングに興じていますし、その周りには言うまでもなく、Railsという素晴らしくブレーキの壊れた超人気フレームワークや、Rubyの性能・機能の限界に挑戦するような多くの企業・個人がコミュニティーの同心円を構成しています。

私が初めてRubyを知り、作るのに関わりだしてから、Rubyを初めて仕事で使うまで6年。その次に仕事で使うまでさらに6年、そこからRailsを使うまでに4年。そして数年経った今、ずいぶんかかったけれど、今はもうRubyで食べさせてもらっていると言っていいところまで来ました。

私は、両親の「21世紀に明るくかがやけ」との願いから晶紀と名付けられましたが、Rubyという宝石との関わりの中で、ささやかながらもかがやく時を持つことができていると感じています。

Ruby、ありがとう。そしてこれからもよろしく。

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