目が覚めて、まだちょっと眠いからもう一眠り、と思って寝たら、夢をふたつ見た。ものすごく長く怖い夢と、短く楽しい夢。そして再び目が覚めると、さっきから10分ちょっとしか経ってなかった。夢の時間感覚って不思議だね。
いやな夢の場合、たいがい途中でそれと気づく。夢から覚めたいときのやり方も身につけて知っている。体のコントロールが効くときは、まぶたにグッと力を入れてパッと目を開けばいい。効かない場合は、適当な高さから飛び降りれば、地面に激突する前に、なぜか仰向けの状態で目が覚める。
しかし、この「これは夢だ」という確信はどこから来るのだろうか。夢じゃなかったら死んでしまうではないか。そこで改めて考えてみると、「飛び降りる」と頭で決断した通りに飛び降りてしまうこと自体が、夢である証明なのだと気づく。もし現実であれば、いくら飛び降りようと頭で思い、体に命じたところで、体は本能や理性から無意識の抵抗を見せるはずだ。そこをすんなり突き抜けてしまうのが、夢ならではのおもしろさだと言える。
んー。こんなことは、遠い昔にも思った気がする。カフカやカミュをむさぼるように読んでいたころか。ああ、思い出したぞ。現実なら飛び降りないという前提が信じられなくなって、別の高度な方法を開発したのだった。それはこうだ。自分が何かに追われていることにしておいて、さっきまで超能力が使えたのにテレポートしようとしたら集中できなくて間に合わない!つかまっちゃうよヽ(`д´)ノウワァァァン!
これならリスクはない。ただ、この「ああ、つかまっちゃう!」の気持ち悪さが、あの「フワッと背中から落ちる」の心地よさからかけ離れているのが玉にきずである。